【論文紹介】新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の立体構造の特徴

論文紹介
Wrapp, D. et al., Cryo-EM structure of the 2019 nCoV spike in the prefusion conformation. Science 367, 1260-1263 (2020) 1)

 

「私たちの教育改革通信」第260号(2020年4月)pp.2-5
小笠原京子

 

はじめに
2019年12月下旬、病原体不明の肺炎患者が中国の武漢市で報告された。その病原体は、2002~2003年に中国南部において発生した重症急性呼吸器症候群を引き起こすコロナウイルス(SARS-CoV)と近縁のコロナウイルス属に分類される新しいメンバーと特定された。この新規ウイルスは、2019に発見された新しいコロナウイルスということで、2019-nCoV (2019-novel Corona Virusの略称)と命名された。WHOは2019-nCoVよって発症する疾病をCOVID-19 (Coronavirus Disease 2019)と命名した。2019-nCoVをSARS-CoV-2と記載している論文もある。

2019-nCoVは、人から人へ伝染しやすく、急速な勢いで世界中に広がり、世界の全感染者数は200万に接近しつつある(2020年4月14日現在)。2019-nCoVに対して、現在ワクチンや有効な治療薬はまだない。

中国の研究者らは、複数の患者から採取した2019-nCoVのRNAの塩基配列をいち早く報告した2)3)。2019-nCoVのRNAの遺伝子配列は、SARS-CoVと79%または89.1%,MERS-CoV(2012年9月~中東地域で広く発生している重症呼吸器感染症を引き起こすウイルス)とは50%2)の遺伝子配列上の同一性を示すことが報告された。

SARS-CoVの表面に突き出たスパイク(補足を参照せよ)のタンパク質の立体構造はすでに報告されている4)。スパイクに存在する受容体ドメイン(RBD,ReceptorBindingDomain)が、宿主細胞(ヒト)に侵入する際、重要な役割を担っていることが示された。タンパク質の生体中での多種多様な働きは、タンパク質の特異な立体構造に依存している。私はタンパク質の生理機能・安定性・立体構造の関連を研究してきたので、2019-nCoVの強い感染力をタンパク質の構造特性から追究することに関心があった。

テキサス大学のDaniel Wrappらは、2019-nCoVのスパイクタンパク質(2019-nCoVS)の原子レベルでの立体構造解明を2020年3月13日のScience誌に報告した。武漢市でCOVID-19患者が出現して、2か月後に報告するスピードである(論文受理2020年2月17日)。Wrappらは、2019-nCoVとSARS-CoVのスパイクタンパク質の立体構造比較から、受容体ドメイン(RBD)の立体構造の特徴に、2019-nCoVが容易にヒトに感染するカギがあると示唆している。

以下1~5章にScience誌に掲載された、Wrappらの論文を紹介する。

 

1. 新型コロナウイルススパイクタンパク質 (2019-nCoVS)の立体構造

立体構造は、極低温電子顕微鏡法によって、3.5Åの分解能で解析された。2019-nCoVSは、1,208個のアミノ酸残基から成る一本の鎖が3本非対象的に絡みあった三量体構造をとっていた。図1B左に側面から見たスパイクタンパク質の立体構造を示している。上部に小さく突き出たグリーンが、受容体ドメイン(RBD)である。図1B右のスパイクタンパクの頂上から見た構造にも一つのRBD(グリーン)が観察される。RBDのサイズは小さい(~21kDa)ので、解析は困難であったが、様々な工夫を凝らして完成した。

2. 2019-nCoVSとSARS-CoVSの構造比較
2019-nCoVの宿主細胞への侵入の始まりは、スパイクタンパク質と宿主との接着である。宿主細胞と接着する前のスパイクタンパク質のRBD領域(グリーン)は、他のドメイン(赤や黄色のヘリックス領域)とコンパクトに接している(図2A左)。これをダウン構造と呼び、準安定な結合前の構造である。一つのサブユニットが宿主細胞受容体へ結合すると、三量体構造が不安定化されて、宿主細胞に結合したサブユニットのRBDは遊離するが、他のサブユニットは安定化される。宿主細胞と結合後の構造(アップ構造と呼ぶ)変化(図A真ん中)によって、グリーンのRBDがスパイクタンパク質から離れることが見て取れる。このようにスパイクタンパク質が宿主細胞に結合する時、RBD周りの構造変化が起こるのである。


2019-nCoVSとSARS-CoVSの全体構造は類似している(図2A右)。両タンパク質に含まれる各ドメイン構造の重ね図(図2C)から、RBDに隣接するドメインNTD, SD1, SD2, S2 (図1A)の構造は両者間で顕著な差異は見られなかった。がRBS構造(グリーンと白)にははっきりと差異が認められた(図2 B, C)。

3. 2019-nCoVSはヒトのアンジオテンシン転換酵素2と高い親和性を示す
SARS-CoVは宿主(ヒト)細胞のアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に接着することが分かっている。宿主側の受容体はACE2である。2019-nCoVSとヒトACE2との相互作用が表面プラズモン共鳴によって測定された。図3に示すように、2019-nCoVSとヒトACE2との結合定数は14.7nM。この値はSARS-CoVSの10~20倍高い。ヒトACE2に対する2019-nCoVSの高い親和性が、2019-nCoVがヒトからヒトへ容易に拡散する理由かもしれない、がさらなる検証が必要と著者らは述べている。

4. SARS-CoV用のモノクローナル抗体と2019-nCoVとの結合
2019-nCoVSとSARS-CoVSの全体構造は類似しており(図2A)、共通する受容体結合ドメイン(RBD)をもっている。では、2019-nCoVSはSARS-CoVRBD向けに開発されたモノクローナル抗体(mAbs)と結合するであろうか。それを調べるために、2019-nCoVのRBDドメインと隣り合うSD1ドメインを含むフラグメント(アミノ酸残基315-591)が遺伝子組み換えによって作成、精製された(フラグメントを2019-nCoVRBD-SD1と呼ぶ)。2019-nCoVRBD-SD1は、2019-nCoVSと同様に(図3A)、ACE2と強く結合(図4B)するので、作成されたRBD-SD1フラグメントは受容体結合能を保持することが確認された。しかし、2019-nCoVRBD-SD1は3種のmAbs(S230、m396、と80R)と全く親和性を示さなかった(図4C)。2019-nCoVSに対する抗体は、他のコロナウイルス用のものは通用しない、独自に開発する必要を示している。

5. まとめ
極低温電子顕微鏡法によって、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の構造が解かれた。新型コロナウイルススパイクタンパク質とヒト細胞受容体との強い結合は、スパイクタンパク質の受容体ドメインの微細な構造特性がカギであると考えられた。新型コロナウイルススパイクタンパク質の構造情報は、ワクチン設計や治療薬開発に役立つと期待される。

文献

  1. Wrapp, D. et al., Cryo-EM structure of the 2019-nCoV spike in the prefusion conformation. Science 367, 1260-1263 (2020).
  2. Lu, R. etal, Genomic characterization and epidemiology of 2019 novel coronavirus: implications for virus origins and receptor binding. Lancet 395, 565-574 (2020).
  3. Wu, F. et al. A new coronavirus associated with human respiratory disease in China. Nature 579, 265-269 (2020).
  4. Gui, M. et al., Cryo-electron microscopy structure of the SARS-CoV spike glycoprotein reveal prerequisite conformational state for receptor binding. Cell Res 27, 119-129 (2017)