【解説】 新型コロナウイルス D614G 変異型 ―そのスパイクタンパク質は感染に有利な構造を持つ―

「私たちの教育改革通信」第269号(2021年1月)pp. 9-12
小笠原 京子

 

1. はじめに
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染者が武漢で報告されて1年が経つ。この間に膨大な数のSARS-CoV-2の変異型が報告されている1)。その中でSARS-CoV-2D614G変異型が、今日優勢なウイルスとして世界に拡散・定着している。それ故、D614G変異型は親のSARS-CoV-2よりも強い感染性を持つと推測されるが、証明はされていなかった。D614G変異型は本当に感染力が強いのか、強いならばその原因は何か。この問いに答えるYurkovetskiyら1)とHouら2)の研究(感染強化をもたらすメカニズムが、タンパク質分子レベルで解明)を解説する。

コロナウイルス表面の突起は、糖を含むタンパク質から出来ており、スパイクタンパク質と呼ばれている。親SARS-CoV-2のスパイクタンパク質の614番目のアミノ酸はアスパラギン酸(D)、SARS-CoV-2D614Gでは、アスパラギン酸⇒グリシン(G)へ、ただ一つのアミノ酸が置換したスパイクタンパク質をもっている。

ここでは、親のSARS-CoV-2を野生型ウイルス、SARS-CoV-2D614Gを変異型ウイルスと呼ぶ。野生型および変異型ウイルスのスパイクタンパク質をそれぞれD614スパイク、D614Gスパイクと呼ぶことにする。

2. 変異型ウイルスの感染力は強い
ウイルスが培養細胞に感染した目印となるように、蛍光物質を組み込んだウイルスが作成された。感染の強弱は蛍光強度で定量された。ヒトの肺、大腸、胎児腎、T1リンパ球さらに動物細胞(コウモリ、センザンコウなど)のいずれにおいても変異型ウイルスは野生型ウイルスよりも4~9倍強い感染力を示した1,2)。変異型ウイルスと野生型ウイルスの混合ウイルスを気道上皮細胞に感染・継体培養すると、三世代後には変異型ウイルスが圧倒的に優勢になった。変異型ウイルスは増殖能力も強かった2)。

3. ACE2との親和性

ウイルスが宿主(ヒト)へ感染する最初の出来事は、スパイクタンパク質先端にあるRBD (Receptor Binding Domain: 受容体結合ドメイン)とヒト細胞に存在するACE2 (Angiotensin Converting Enzyme 2)との結合である。それ故スパイクタンパク質、とりわけRBD部分は、ワクチンや治療薬開発のターゲットになっている。D614GスパイクのACE2への親和性は、D614のそれよりも約1/5に低下した。変異型ウイルスの感染力強化はACE2との親和性強化に由来するものでないことが示された1)。D614Gスパイクの抗原抗体中和反応もD614スパイクと変わらなかった1,2)。

4. D614Gスパイクの構造に顕著な変化
1) 変異型ウイルス感染強化のメカニズムをスパイクタンパク質の分子基盤に求めて、D614GスパイクとD614スパイクの構造(図2)の差異が解析された。
D614GスパイクとD614スパイクの構造を重ねると、二点の明瞭な差異が認められた。

 

第一は、鎖間水素結合の消去である。614番目のアスパラギン酸は、二本の鎖(図2の水色と黄色)の境界面に位置しており、隣の鎖のスレオニン859と2.7Åの距離で水素結合を形成している(図2左側)。水素結合は2本の鎖を安定にする“留め金”の役割を果たし、三量体構造を安定にしている。アスパラギン酸からグリシンへの置換は水素結合を削除して、鎖間相互作用を低下させて、D614GスパイクのRBD conformationに大きな影響を与えることになる(図2右側)。

第二は、D614GスパイクとD614スパイクのRBD conformation(立体配座)の分布比率が変化することである。RBDは、closedとopenのconformationsを持つことが分かっている3)。D614Gスパイク三量体におけるRBDの電子密度は、D614スパイクのそれより不鮮明であり、3本の鎖のRBDは観察されない(図1)。このことは、D614GスパイクのRBDはゆらゆらと柔軟で複数のconformationsを採用していることを示している。三量体各鎖のRBD conformationがopenであるか、closedであるか、混合であるかが分析された。D614GスパイクのRBD conformationの存在分布は4つのカテゴリーに分類される。図3の模式図が、変異型ウイルスが強い感染力を持つ要因をまとめている。

 

Open conformationはD614Gスパイクの3本すべての鎖に分布して、その含有率は高い。ACE2と結合できるのは、open conformationであるので、宿主に感染する機会が増える1)。

図3を、3匹の亀でイメージしてみよう。お腹を内側にして三匹の亀が手を繋いで向き合っている(D614スパイクの三量体)。繋いでいる手(水素結合)を離すと(D614Gスパイクの三量体)、隣の亀との距離が離れてそれぞれの亀は不安定になり、甲羅に潜めていた(closed conformation)首顔を外へ放出する(open conformation)。口も露出されるので、獲物(ACE2)を捉えることが出来る。

結論
SARS-CoV-2D614Gは感染能力が強いことが実証された。強化をもたらすメカニズムが、タンパク質分子レベルで解明された。一つのアミノ酸置換が引き起こすスパイクタンパク質の構造変化は、ACE2結合に有利なRBD conformationへ導く。

文献

  1. Yurkovetskiy, L., et al., Structural and functional analysis of the D614G SARS-CoV-2 spike protein variant. Cell 183, 739–751 (2020).
  2. Hou, Y.J., et al., SARS-CoV-2 D614G variant exhibits efficient replication ex vivo and transmission in vivo. Science 370,1464-1468 (2020).
  3. Wrapp, D. et al., Cryo-EM structure of the 2019-nCoV spike in the prefusion conformation. Science 367,1260-1263 (2020).