「大阪の津波対策」北天満サイエンスカフェ

南海トラフ地震は,その発生確率が今後30 年間に70~80%に引き上げられました.海溝型の地震はプレートの沈み込みによるので,ほとんど周期的に起こります.地域で行われている防災の取り組みでも,南海トラフ地震は必ずやってくる
と強調されています.

商都大阪は,淀川,大和川が大阪湾へ注ぎ込む河口地帯が交通・物流の要所となり,形成された水の都です.市中には道頓堀などの運河が張り巡らされ,周辺の農村でも水路をたどる舟が主要な交通手段でした.そのため,大阪は今も湾岸地域にたくさんの人口と施設を抱えており,南海トラフ地震で一番心配されるのが,海溝型地震で必ず発生する津波です.2011 年の東日本大震災でも,岩手,宮城,福島の1 万6 千人近い犠牲者の実に9割が溺死でした.

昨年11 月の第114 回北天満サイエンスカフェでは,地質学の田結庄良昭さんが,南海トラフ地震で津波や家屋倒壊など,軟弱な沖積層の上にある北区で心配される被害について具体的に概説しました(なお,田結庄さんのサイエンスカフェでの報告は,月刊誌『日本の科学者』2018 年5 月号に論文としてまとめられているので参照してください).今回はこれを受けて,大阪府都市整備部河川室の松枝俊明さんに大阪府が実施している津波対策を重点にお聞きしました.

今年9月4日に近畿を直撃した台風21 号は,風と高潮で関西空港も冠水させましたが,大阪市沿岸でも,大阪湾最低潮位(OP)を基準として4.59 m の高潮を記録しました.これは大阪の計画堤防高4.30 m を超えており,実にきわどい状況であったことが報告されています.海があふれて市中に流れ込んでくる事態を想像して震えた大阪市民も多かったのではないでしょうか.

南海トラフ地震では,海溝型大地震特有の大きな津波に加えて,長時間続く強い揺れが,湾岸地域の軟弱な地盤を大規模に液状化し,これにより防潮堤が沈下したり,崩壊することが心配されます.1995 年の兵庫県南部地震では,大阪市内は震度4 であったにも関わらず,淀川左岸堤防は3mも沈下してしまいました.幸いこの時は,直下型断層地震であったため,津波はありませんでした.大阪府もこの問題を認識し,堤防地盤の液状化対策を最優先,緊急の課題として取り組んでいます.実際には防潮堤の両脇に板を打ち込み,その内側の砂層にコンクリートを流し込んで固めるという工事を実施しています.安治川,尻無川,
木津川河口の3 水門の外側,および西淀川区の堤防については,今年度末までに液状化対策工事を完了させ,水門より内側の堤防についても2024年度末までに補強を実施します.松枝さんによると,これでL2級(マグニチュード9クラス)の地震が来ても,堤防は崩壊しなくなるとのことです.

しかし,津波に対しては,L1級(マグニチュード8 クラス)の地震しか想定していないので堤防のかさ上げ工事は実施していません.そのため,南海トラフ地震が東日本大震災クラスの巨大地震となった場合,津波はやすやすと堤防を越えてゆくことになります.1707 年に発生した南海トラフ地震,宝永地震(推定マグニチュード8.4以上)では,大坂三郷で津波による溺死者は1 万6 千人以上に上ったと記録されています.なお当時この地域の人口は35 万人でした.宝永地震を超える巨大地震には現在の対策では耐えられないことになります.

サイエンスカフェでは,東日本大震災を教訓にしているはずなのに,なぜこのような中途半端な対策になっているのかと問われました.これに対して,千年に1 回程度しか発生しないL2級の地震の対策のために,膨大な予算をつぎ込むことは
しないとの回答でした.

確かに大阪市内には千年を超えて存在し続けることを期待して作られている構造物はないのかもしれませんが,大阪に都市が形成され,都になってからでも既に1400 年近くが経ています.

実際にこの地に千年以上人が住み続け文明が築かれてきたのです.大阪の津波対策は,この人の暮らしの在り様が,これからこの地において,どのように継続されてゆくべきなのかを深く問うているのではないでしょうか.2025 年に開催される大阪万博は「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマにするというのですから,ぜひこの課題にも光を当ててもらいたいものです.