パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(仮称)(案)に対するパブリックコメント

(出口 幹郎)

4月23日に公表された表題の長期戦略(案、本文78頁)に対する意見の公募(パブリックコメント)が4月25日~5月16日に行なわれましたので、私の意見を環境省地球環境局総務課低炭素社会推進室宛てに5月15日~16日にFAXで合計4通送信しました。パブリックコメントは、最終頁に示すように、該当箇所、意見の概要(100字以内)、意見及び理由という三つの項目で書かなければなりませんでした。その内容をそのまま送信順に記します。


なお、私は神戸製鋼に1972年から26年間在籍していた技術者です。このパブリックコメントは、神戸製鋼の石炭火力発電所の増設と原発の再稼働に反対する立場で調査してきた情報及び環境NGO団体(気候ネットワークと地球環境市民会議)の意見を参考にして作成しました。


1.意見①(1枚目のFAX)


○該当箇所
8頁の3行目~19行目の「本戦略の策定の趣旨・目的」と8頁の21行目~9頁の14行目の「我が国の長期的なビジョン」について


○意見の概要
「気温上昇の目標値を工業化前に比べて1.5℃に抑える」、「温室効果ガスの排出量を2030年には1990年比で40~50%削減とし2050年にはゼロにする」と明記する。

 

○意見及び理由
 案には「気候変動問題という喫緊の課題」、「世界の脱炭素化を牽引するとの決意」など書かれていますが、IPCCの1.5℃特別報告書が「2030年から2052年の間に気温上昇が1.5℃に高い確率で到達する」と指摘しているにも関わらず、気候変動対策の目標値(1.5℃に抑える)を明記していません。その上、2030年と2050年の温室効果ガスの削減目標は従来と変わっておらず、その道筋も示されていません。これでは、野心的な取り組み姿勢が感じられません。脱石炭に向かう世界の潮流に日本が取り残されている、或いは逆行しているとさえ感じられます。日本の将来が心配で仕方ありません。


更に、IPCCの1.5℃特別報告書では「2030年までの対策が決定的に重要である」と指摘しているにも関わらず、案では2030年までに対策を強化して、温室効果ガスを削減しようとする姿勢がほとんど感じられません。2050年削減目標には基準年が明記されていません。これは2050年までの削減量が明確でないことを意味し、本当に目標を実現する意思があるのか疑わしく感じられます。


4月24日の朝日新聞が、この案の元になった「有識者懇談会の提言」で、座長案に盛り込まれていた「石炭火力の長期的な全廃方針」が2回の非公式会合において産業界の委員の反対で撤回され、その議事要旨も座長案も公表されていない」と報道していました。このようなことは民主主義国家の日本にあってはならないことです。強く抗議します。


2.意見②(2枚目のFAX)


○該当箇所
18頁の1~5行目の「(c)石炭」について

 

○意見の概要
「既設の石炭火力発電所は効率の悪いものから順次廃止し、2030年までに全廃とする」、「建設中の石炭火力発電所も建設を中止し、新増設も禁止する」と明記する。

○意見及び理由
 案には「非効率な石炭火力発電のフェードアウト等を進めることにより、火力発電への依存度を可能な限り引き下げる」と書かれていますが、フェードアウトの具体的な計画さえ拝見したことがありません。「可能な限り引き下げる」というような悠長なことを言っている段階ではありません。危機的な状況が差し迫っています。今すぐできることをまず行なうことが重要であって、いつできるかわからないような非連続的なイノベーションに頼り切ってはなりません。


環境省は、3月28日、石炭火力発電所の建設に関して「経済的な観点からの必要性しか明らかにされない案件、目標達成の道筋が準備書手続の過程で示されない案件」は「是認できない(中止を求める)」とする方針を出しました。遅きに失しましたが、この方針を政府の方針とし、2012年以降に計画された案件にも適用していただきたいものです。


IPCCの1.5℃特別報告書では「2030年までの対策が決定的に重要である」と指摘しており、「フランスが2021年、イギリスが2025年、カナダが2030年、ドイツの政府委員会が2038年にそれぞれ石炭火力から撤退する」と宣言していることも上記考えの基盤にあります。


脱石炭に向かう世界の潮流に日本が逆行していることに心の底から怒りを感じています。私は71歳になります。いつ、この世から潰え去るかも知れません。若者や子どもたちに平穏な暮らしができる日本・地球を存続させたいと心から願っております。


最後に、私が感銘を受けた言葉、それは昨年12月、ポーランドのカトビツェで開かれたCOP24で、スウェーデンの15歳の少女;グレタ・トゥーンベリさんが発言した言葉を記します。


「2078年、75歳になった私に子どもたちは聞くでしょう。『行動する時間があったのに、あの人たちは何故、何もしなかったの』と。あなた方は、『自分の子どもを何よりも愛している』と言いながら、その目の前で子どもたちの未来を奪っているのです。」

 

この言葉にも応えられるような長期戦略案を是非策定していただきたいと願っています。


  注.フェードアウトとは、「姿を消していく」という意味。


3.意見③(3枚目のFAX)


○該当箇所
19頁の1行目~19行目の「④原子力」について

 

○意見の概要
 「世界で最も厳しい水準」は明らかに間違っているので削除する。したがって、「再稼働を進める」も削除する。どれだけ安全性が強調されても、再稼働を認めることはできません。


○意見及び理由
 ヨーロッパでは常識の「コアキャッチャーの設置」も、アメリカでは常識の「避難の実効性」も日本の規制基準の中に入っていません。それにも関わらず、「世界で最も厳しい水準」と書かれています。安倍首相も口癖のように発言されていましたが、明らかに間違っています。


東京電力福島第一原子力発電所の事故の原因も明らかになっておらず、収束の目途も立っていません。被害者全員への支援も十分でなく、たくさんの方々が未だに苦しんでいます。福島県実施の甲状腺がん検査で「悪性ないし悪性の疑い」と診断された子どもは212人(2019年4月8日発表)、集団訴訟を起こしている住民は11,932人(2018年6月現在)にも上ります。但し、甲状腺がん検査は他の機関でも行なわれているが、福島県が実態を把握しようとしていないという報道があります。避難者数の実態についても意図的に少なくしているように思われます。国と自治体は被害者の立場に立たなければなりませんが、東京オリンピックまでに、まるで原発事故はなかったかのようにしようとしているように思えてなりません。

避難基準も帰還基準も年間20mSvに設定しています。この値は一般公衆の場での年間1mSvの20倍、放射線管理区域の年間5mSvの4倍、チェルノブイリ原発事故後の移住義務ゾーンの年間5mSvの4倍も高い値です。放射性物質は大気汚染防止法の有害物質に該当しないため、大気中に放出しても罪に問われることはありません。放出された放射性物質は無主物と称して、誰も責任をとりませんでした。極めて不条理なことです。

 

以上のような問題を解決したとしても、日本のような地震国では、過酷事故が起こり得ます。高レベル放射性廃棄物の処分方法も確立せず、その最終処分場の目途も立たない中、原発が再稼働されることは許されることではありません。

 

東電福島原発事故によって福島県民だけでなく約200km圏内の住民までが、故郷を失い、人生を狂わされ、健康被害の恐怖におびえています。このような悲惨な原発事故は二度と起こしてはなりません。それは原発を稼働させないことだけでしか保証されません。


4.意見④(4枚目のFAX)


○該当箇所
16頁の25行目~17頁の8行目の「(a)CCS・CCU/カーボンリサイクル」について

 

○意見の概要
CCSは、技術の確立でも貯留地の選定でもハードルが高いため、CO2削減の切り札とは考え難い。石炭火力発電所の廃止・建設中止・建設禁止を早急に推進するなど、今すぐ出来て効果の大きい対策を優先すべきである。


○意見及び理由
 CCSの開発は2008年に24社の出資によって設立された日本CCS調査株式会社が経済産業省の補助を受けて開始し、2016年4月から苫小牧で大規模実証試験を行なっている。2018年4月10日の東洋経済によれば、プラントの建設費だけで約300億円、候補地選定や操業も合わせると約600億円超の費用を要している。CO2の目標貯留量は30万トンで、2019年4月29日までの実績は246,452トンである。コストがかかることは間違いない。


海外のCCSは、原油増産のために稼働させており、コスト回収の可能性がある。それ以外のCCSは利益を生まない。日本では、国などの支援が無い限り、事業者に導入する意欲はわかない。導入の検討だけで終わりそうである。


例えば、80万kWの石炭火力発電所から排出されるCO2が年間約500万トンであることを考えると、少なくとも貯留量1億トンのレベルに目途を付ける必要がある。このハードルは高過ぎる。更に、圧入によって地震が誘発されないか、貯留したCO2が漏れて海水が酸性化しないかなどの不安もある。


経済産業省だけでなく、環境省も関連事業の開発を推進している。両省の2019年度予算は合計133.7億円に達している。これまでに投入した税金はいくらになるのでしょうか?


    このように、CCSは採算のとれる技術の確立だけでなく、地震国で石油などの地下資源の少ない日本では、貯留地の選定でも困難が伴うと容易に想像できる。原発から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場の選定と同じような経過をたどるような気がしてならない。


石炭火力発電所の場合、発生したCO2の回収・貯留技術を多額の税金を使って開発するよりも、石炭火力発電所の廃止・建設中止・建設禁止によってCO2を発生しないようにする方が確実で直ぐにでき、効果も大きいので、優先すべきである。何故、難しい方だけを選択するのでしょうか?全く理解できません。


注.CCSとは、火力発電所等の排ガス中の二酸化炭素(CO2;Carbon dioxide)を分離・回収(Capture)し、地下に貯留(Storage)する技術のことである。