2022 New Year Café「真鍋淑郎博士の研究とノーベル賞受賞について(解説) -基礎となる大気放射学の歴史と近年のIPCC地球温暖化予測シミュレーション」

日時:2022年2月5日(土)午後1時半〜

場所:ZOOMによるリモート開催

解説:河野 仁さん(専門:気象学、大気環境学)

 

参加無料:

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- 要旨 -

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1.はじめに
2021年のノーベル物理学賞が真鍋淑郎氏(U.S.A)、クラウス・ハッセルマン氏(ドイツ)、ジョルジョ・パリージ氏(イタリア)の3人に授与されました。ノーベル賞委員会(Nobel Committee)は、真鍋、ハッセルマン両氏が「地球の気候および人類が気候に及ぼす影響に関する知識の基礎を築いた」と評価。またパリージ氏については、「不規則系およびランダム過程の理論において革新的な貢献をした」とたたえました。気象学の分野でノーベル賞を受賞したのは真鍋氏が最初です。このノーベル賞は気象学の研究者に対しても喜びを与えるものです。

2. 地球の大気の組成と温室効果のメカニズム、大気放射学の発展
(1) 地球大気の鉛直方向の成分と温度分布、対流圏、成層圏の説明をします。
(2) 大気放射学 1950年代のパイオニア的研究である大気放射学の発展について解説します。二酸化炭素、水蒸気等の気体が赤外線を吸収して温室効果をもたらします。大気放射学ではその計算を行うためには分子の吸収帯構造と高度分布を与えて、放射伝達の計算を行います。雲とエアロゾルの光学特性(吸収率、反射率)も計算に加え?ます。この大気放射学は日本では東北大学の山本義一先生とそのグループ[1][2]が研究を進め、その後に真鍋氏らが行った大気の温度予測計算の土台を築きました。


(3) CO2濃度の観測

1958年からKeelingがハワイ島のマウナロア山(標高4000m)の頂上にCO2濃度の測定器を設置して、地球のバックグランドのCO2濃度の観測を始めました。4000mの高度は対流圏の中央の高さになります。
1960年代に入り、気象・地球観測衛星が打ち上げられ、大気の上端の紫外線、可視光線、赤外線の波長別の放射収支が観測によって分かるようになってきました。


(4) 地球の熱収支の計算モデル
・温室効果ガスが無い場合の放射によるエネルギー収支の計算を説明します。温室効果ガスが無い場合の、地上の平均気温はマイナス18度になります。
・温室効果ガスとして、オゾン、水蒸気、二酸化炭素を与えた場合の大気の放射平衡温度について、解説します。この大気放射学が、真鍋氏の研究に繋がります。

3.真鍋氏の研究-コンピュータによる大気の温度分布の研究
 真鍋氏の研究のパイオニアとしてのポイントは、1964年に発表されたManabe & Strickler論文 [3]で、世界で初めて大気放射による熱輸送に、対流による熱輸送を加えて、地球大気の鉛直方向の現実的な温度分布を予測したことです。そこでは、気温の計算に初めてコンピュータが使われました。当時のコンピュータのメモリーは小さく、計算速度は遅く、その能力は現在とは全く比べ物になりませんが、それを使って計算を行いました。


更に、1967年には、CO2濃度を300ppmの2倍及び1/2倍にしたときの、気温分布を予測した論文がManabe & Wetherald [4]によって発表されました。CO2濃度が2倍になると、地表気温は2.4℃上昇し、成層圏の高度40kmでは気温は逆に下がることを示しました。地上から約10kmの対流圏とその上の成層圏で温度変化が逆転することは、その後の観測で確認されています。
1964年と1967年の温度分布は水平方向に平均化された鉛直方向の温度分布ですが、コンピュータの能力の増大に合わせて、1979年、1980年にManabe & Stouffer[5]は境界条件に陸地の地形や海面を入れて、3次元の温度分布の予測を行っています。ここでは、大気モデルと海洋モデルが結合されています。大気と海洋は熱交換を行っているので、両者を結合したモデルを作ることは重要です。それについて真鍋氏は「系を閉じると世界が広がる」という言葉で表現しています。しかし、計算機に大きな負荷がかかるので、それが実現したのは1980年になってからです。


2020年現在、観測によると北極の気温上昇量が5℃に達し、地球平均の気温上昇1.1℃をはるかに上回っています。この北極での極端な気温上昇は2017年に発表されたStouffer & Manabeの論文[6]で既に再現されています。
地球の温暖化の予測は、真鍋氏だけでなく、多くの気象学者による研究の積み重ねによって打ち立てられたものです。その点で、量子力学が多くの物理学者の研究で打ち立てられたのと似ています。

4.IPCC報告と今後の世界の変化
最後に、IPCC第6次報告(2021年)[7]で発表された気温の予測について解説します。6次報告の特徴は、温室効果ガスによる気温上昇量が自然の気温変動量と比べて遥かに大きなものとなり、二酸化炭素などの温室効果ガスによる気温上昇が疑う余地のないものになったことがシミュレーションで示されている事です。更に、1.5℃の上昇が10年以内に起こる可能性がある事と、日本などの先進国の温室効果ガス削減量は2030年までの9年間に70~80%削減する必要があることです[8]。今のままだと、地球は灼熱の星に向かっています。今世紀中に北極圏の気温は10℃のレベルで上昇し、地球の気候に大規模な変化がもたらされると予測されています。人類は泥船に乗って大海に漕ぎ出しています。自然科学だけでなく、社会科学にも、従来の学説にとらわれない転換が求められており、政策についてもIPCCが実績を上げているように地球規模での大きな転換が求められています。国連において科学者の果たす役割がさらに高まると考えます。志のある若者に、是非、知性と勇気を持って次の時代を切り拓いていっていただくことを期待しています。

(参考文献)
1. 浅野正二、「大気放射学の基礎」オーム社、1-267, 2010年(第1版)
2. 会田 勝、「大気と放射過程」東京堂出版、1-280, 1982年
3. S. Manabe and R. F. Strickler. (1964 ) Thermal equilibrium of the atmosphere with a convective adjustment, J. Atmos. Science 21, 361-385.
4. S. Manabe and R. T. Wetherald. (1967) Thermal equilibrium of the atmosphere with a given distribution of relative humidity, J. Atmos. Sciences 24(3), 241-259.
5. S. Manabe and R. J. Stouffer. (1980) Sensitivity of a global climate model to an increase of CO2 concentration in the atmosphere, J. Geophys. Res. 85(C10), 5529-5554.
6. R. J. Stouffer and S. Manabe. (2017) Assessing temperature pattern projections made in 1989, Nature Climate Change 7, 163-165.
7. IPCC 第6 次評価報告書 第1 作業部会報告書、気候変動2021:自然科学的根拠、政策決定者向け要約(SPM)気象庁暫定訳(2021 年9 月1 日版)
8. 日本科学者会議中長期気候目標研究会JSA –ACT、気候危機回避のための各政党政策の評価―新しい2030年削減目標に対するロードマップと具体的な政策提言を求める(2021年5月8日)、日本の科学者 2021, 10 (vol.56) 39-45.